ストロボ(スピードライト及びフラッシュガンの類の総称)を、屋外で上に向けて発光させる事を「青空バウンス」等と言って馬鹿にする輩を見かけますが、場合によっては意味があるのです。

 

それは、「いま、撮ったよ(撮っているぞ)」という被写体への通知。狭い室内ならシャッター音がありますが(カメラによっては小さくて届かなかったりしますけど)、屋外、かつ囲み撮影とかだと分からなくなります。そんな時、ストロボを焚くのですよ。

 

射撃訓練時に探照灯を点滅させるのと一緒ですね。

 

なので、完全に上に向けるのではなく少し前傾させなくてはなりません。完全に真上だったり、後ろ向きにしているのは(通知先が被写体でないので)無意味です。

 

まあ、被写体が元から撮影者を相手にしていなかったり、無機物だったりの場合はこの限りではありません。単なるスイッチの切り忘れと思ってスルーしてやって下さい。関わると面倒なことになりますので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

http://makezine.jp/blog/2017/08/mft2017_spritzer.html

ハイレゾ対応オーディオコーデック内蔵というのがSonyらしい、と言えばいいのかしらん。


発表した会場が会場なのでどこまで本気なのか分かりませんが、多分遊びでしょう。本当に売る気があるなら、もう少し気の利いた演出が必要かと。

 

「これをPS(初代)に取り付けろ。すごいぞ、PSの性能は(ry」「こ、こんな旧いものを(さらにry」

 

 

 

 

消費電力と開発プラットフォームの扱いやすさ、不意に電源引っこ抜いても壊れないこと、何より安価であること、これらがクリアできないと、これ以上ボードコンピュータ(for IoT)は広がらないような気がします。

esp8266の使い道を考えていた。

 

必要は発明の母、等というが日頃から最低限の生活(?)を心がけているからこれといって必要なものもないのですね。

 

まず戸外。

 

部屋にいれば終日ネット三昧ということもしょっちゅうですが、戸外では無縁。電話も10年近く使っているガラケーだし、そもそも電話がかかってこないので持ち歩かないことがほとんど。

 

写真は今でもフィルムで撮る。デジカメも使うがフィルムの時と同じアプローチなので、画像を即ネットにアップ、とかは興味がない。何より、この分野は既に市販品に優れたものが多いのでわざわざ自作する意味が無い。

 

フィールドトラッカーはどうだろうか、と思ったが、地図の無い場所に出かけることはないし、遭難覚悟での外出というのも考えにくいのでボツ。

 

 


次にホームオートメーション分野。

 

部屋は狭いので手を伸ばせばほとんど間に合う。掃除も2,3日に一度、5分も掃除機をかければ充分なのでロボットは無用。エアコンの自動運転も、真夏の留守中には40度を超えるはずだが、帰ってきて15分もすれば我慢できるところまで下がってしまう。なので余程寝苦しい時以外はタイマー運転すらしたことがない。冬場は基本的に厚着で凌ぐ(室内でも外套を着ている)ので少しくらい寒くても大丈夫。

 

施錠確認、といっても玄関と窓が2箇所で合計3箇所しかない。このぐらいを忘れる位だと、それ以外の問題(もっぱら自分自身の精神状態)を疑わなくてはならない。

 

実家の様子を遠隔モニタする、これもどのみち異常を検出したところで間に合わない(自室から実家まで、新幹線に乗っても2時間以上かかる)。近所に「なんか昨日から親の動きがないので見てやってくれない?」等と気安くお願いできる相手もいない。というより、親は親で近所付き合いをしているので、何かあった時はそっちのルートで発見される方が早いだろう。

 

話は逸れるが、IoTを医療・介護分野へ応用、等というけれど、患者や介護される側からのイベント発信はほとんどまったく無意味である。そんなのにいちいち対応していたら看護する側がたまったものではない。実際に携わらなくても傍で見ていればすぐに判ることだ。紙おむつ、バリケード、身体拘束バンドの三種の神器があれば充分である。
データ収集のためということで身体にセンサーを付ける、というなら話は別だが、データ取っただけで健康が回復する訳ではなし、それはその時点で日常生活の範疇を離れてしまっているだろう。

 

話を戻す。家事分野で食事はいい加減かつ適当なのでパス。洗濯は、これは検討の余地がある。晴れだと思って外に出しておいた洗濯物が帰ってきて雨に打たれていた時のがっかり感。これをesp8266で解決しよう。天気については最近は局所予報もよく当たるようになったからネットから拾ってきて判断してもいいだろう。問題は、築20年を過ぎて建付けの悪くなったサッシ窓を開け、風で飛んでいかないように物干し竿に洗濯バサミで仮止めされているハンガー類を取り外し、室内に取り込んで、窓際のカーテンレールに引っ掛け、サッシ窓を閉めて鍵をかける、この一連の動作をどうやって行うか、である。

 

後は、そうだなあ、部屋に戻った頃にバスタブにお湯が満たされていてすぐに入浴できる、というのはかなり良さそうだが、そもそも不経済なのを理由に通年シャワーばかりの日常であった。

 

 

 

環境の観点から考えると大した思いつきがないので、用途や機能の点から眺めてみる。

 

esp8266はwifiモジュールを積んでいるところに意味がある。wifi=無線である。有線、ひも付で使いにくさを感じているモノは改善の余地がありそうである。


部屋の中を見回して思いつくままに上げると、

  • アイロン(かれこれ20年くらい使っていて少し壊れているので、コードレスの新品に買い換えたい)
  • ガスコンロ(カセットコンロを買えばいい)
  • はんだごて(買ってこい)
  • 電子蚊取り(そもそも滅多に使わない)
  • PCのサブディスプレイ(メインのみで充分、片付けろ)
  • 部屋の照明(未だに吊り下げ式の蛍光灯、ひもを延長しており部屋のどこからでも入切できる)
  • ノートPC(バッテリー使え)

どれもこれも出番がないなあ。唯一可能性があるのは照明器具で、遠隔操作やスケジュール操作で点けたり消したりできたら、通りを挟んだ向かいの建物から空気銃で狙われているような場合には有効かも知れない。ついでに時々向きを変える胸像も用意すれば完璧だな。

 

うーむ。

 

日本工業規格(JIS)を日本産業規格に改める、らしい。法案提出は来年の通常国会。

 

国内の産業構造が変化し7割をサービス業が占めるようになった、ので新たに「役務」を加え、合わせて名称も日本工業規格から日本産業規格に変える、とか。

 

官公庁物件の入札なんかで「役務の提供」というのがあって、一般化された仕様というのが存在している。各々の監督官庁が策定したものだけれど、それらが整理統合の上取り込まれるのか?

 

まあ、いくら立派な規格を作っても、シンコクナヒトデブソクノサッコン、絵に書いた餅、になること請け合いではなかろうか。キカクダオレ、ってやつですね。

 

JISは策定しっぱなしではなくてしばしば見直されている。例えば俺がコンピュータいじりを始めた頃、情報処理(キャラクターコードとか)の規格はJIS Cだったが今はJIS Xになっている。今回「役務」が加わる訳だが、いつかバッサリ廃止される部門も出てくるかも知れない。

 

ハイパフォーマンスコンピューティング、の略らしい。ほとんど詐欺ワード、ではなかろうか?何をもってハイパフォーマンスと定義するのか。ハイパフォーマンス、言いたいだけちゃうかと。

 

HPC、と聞いてハンドヘルドコンピュータを連想した俺は完全に時代に取り残されつつあることを実感した、梅雨明けしたとみられる暑い暑い午前11時半過ぎ。

本州から北海道へ鉄道旅行した人なら必ず知っている(はず)食堂の店主が無くなったらしい。


名物焼きそば「急行」閉店 88歳店主、厨房で倒れ死去 (Yahoo!ニュース、発信は朝日デジタル)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170604-00000015-asahi-soci

 

以前、青春18きっぷで旅行した時、ここで遅い昼食を摂ったことを思い出した。青函トンネルを潜るには、木古内にて特例で認められている特急に乗り換えなくてはならなかった。降りてみたはいいが駅前はこれといったものがなく、時間潰しに入ったのがこの店だったのではなかったか。

 

店の名前は「駅前飯店急行」 この記事を読むまで、木古内には昔から急行や特急が停車していたものだと思い込んでいた。記事によれば「急行でも止まればいいのに」という願いを込めての命名だった、とか。

 

ご冥福をお祈り申し上げます。


2006年8月31日、俺が旅行した時の写真。ありし日の「駅前飯店急行」が写っている。
http://ss1200.lomo.jp/18_2006Summer/Aug31/index.html
(※flashなので何ページかめくってみて下さい)

個人的には、常用しているPCの性能限界の都合で一度も使ったことがない。

 

一般の評価は散々だった(とされている)DE、UnityがUbuntu 18.04では採用されない、とか。
代わりにGnome3に戻るらしい。

 

使ったこと無いのでUnityのどこら辺が悪かったのか定かではないのだけれど、ツールキットやウィンドウシステムまでリプレイスしようとしたので、プログラミングの学習コストが掛かり過ぎるだろう、という気はする。

 

いくらUEが素晴らしくとも、動くアプリケーションがなければどうしようもない。

 

とはいえ、Gnomeが良い選択かといえばそうでもない、と思う。アプリケーション間の連携が徹底されていないのはどのDEでも同じで、例えばPCをシャットダウンする際、何の確認もせずに編集中のオフィススイートが閉じてしまう、というのは誰も恐ろしいとは思わないのだろうか。

 

関連してウィンドウシステムのMirも終了するとかしないとか。当初、X11に替えてwaylandを採用する、と言っていたのがいつの間にかMirになったような気もするが、それもだめで結局X11(互換)に戻るのかね。

 

個人的にはX11で別に困らないのだけれど、世代ごとの情報が錯綜して設定をいじるのに一苦労する。この点だけでも何とかしてもらいたい。

 

単に、PC用のOSとスマートフォンやコンバージェンス向けOSとの統合の失敗、等ではなく、PCが下火になってオープンソースといえども従来のような開発コストを確保できなくなっている、今回の件はその帰結のような気がしてならない。

 

中年になると体のあちこちに不具合が生じてくるが耳も例外ではない。

いわゆる老化現象なのだろうが、高域の音が聞き取りにくくなってきた。イヤフォンを使った場合、どうも聞き取りにくいなあ、と思って音量を上げると低域も必要以上に持ち上がって耳が痛くなる。

 

 

写真左は先日水没(洗濯)させてしまったものと同型のSONY製(XBA-C10)、右の青いものはオーディオテクニカ製(速攻で取説を捨てたので型番不詳 ATH-CKR30)のもの。いずれも2500〜3000円程度(税別)。 両方共、中高音域にフォーカスした設計を謳っていて、劣化した我が聴覚には具合が良いように思われたので購入した。

 

何で2つも並べて撮ったのかというと、実は昨日オーディオテクニカ製を購入し、音が思いの外好みに合わなかったので、本日急遽SONY製の方を買い直したから、なのであった。

 

メーカーが違えばその製品の色付けも似て非なるは当然。オーディオテクニカ製のほうは低域のみならず中音域の低域寄り(?)もばっさりとカット、加えて高音域の下側(??)に妙なピークがある。このため、どうにもシャリシャリとしつつ妙にこもった、何かに共振したような感じの音である。ハイハットやシンバルは綺麗に出るが、肝心のボーカルはソースによっては大きく音が変わってしまう。このようにかなり高域に振った色付けだが地下鉄車内ではその本領を発揮する。

 

SONY製のほうは同様に低域を切っているものの、中音から高音域まで概ねフラットでありボーカル曲においては歌詞がはっきりと聞き取れる。演奏の方も低域が不自然に大きくならないので耳も痛くならない。妙なピークがない(あったとしても目立たない)から、グラフィックイコライザで音を追い込みやすいといえる。

 

両方に共通する問題点は、耳栓の色が黒なので付着した耳垢が目立って不潔に感じられること。この歳になるといくら耳掃除してもどうしても出てしまうので、できれば白系統にしてもらいたいものである。まあ、汎用品を探して付け替えればいいのだけれどね。

竹橋の美術館にて。ここを訪れたのはアンリ・カルティエ=ブレッソン展以来ではなかろうか。

 

ルフの仕事の意味の重要性というか意味性というのは充分理解しているつもりなのだけれど、展示されていた写真そのものは退屈なものが多い。

 

なんでだろうね。

 

そんな中で興味を引いたのは、報道写真からキャプションや記事を取っ払って写真のみを引き伸ばしたもの、もう一つは演算によって描き出した曲線をキャンバスに落とし込んだもの。

 

前者はほとんど判じ物に等しい。90年〜91年頃の作品らしいが元ネタはその時期を遡っているはずで、相当の予備知識がないと何を写したものか(すなわちその報道内容)を想起することができない。
さらに興味深いのはルフのセレクトで、報道写真というある意味芸術写真の対極にありそうなカテゴリーの写真であるにも関わらず構図や陰影に「どこかで見たような」微妙な既視感を覚えることだ。狙ってやっているのか、写真というメディアの良くも悪くも最大公約数的な何かを無意識に拾いだしているのか。

 

後者は誰もが思いつくものだけれど、それを写真家がやってしまったというところに意味がある。電算技術者がやったのでは単なるお遊びで終わってしまう、というかやった当人は大真面目でもそのようにしか解釈されない。この辺がたとえ根っこが同じであってもアートとインダストリーとにおける超えられない壁、なんだろう。

 

あー、それと星野写真はどこぞの天文台からネガを借りているらしいのだが、夜空なんぞ誰が写しても(地平線以下が写っていなければ)同じことなので、これについてオリジナリティがどうのこうの言うのは完全に的を外していると思われる。

 

 

芸術家って大変だよな。

http://korgnutube.com/jp/news12/


21世紀の真空管。made in JAPAN.

 

国産半導体がどんどん入手難になっていくなか、どうせ趣味で使うならこういう選択もあり、なのかと。

 

寿命30000時間は充分実用と思います(24時間つけっぱなしで3年以上、1日3時間で27年以上)。

 

問題は能動部品だけで電子回路は成立しないこと。真空管、となれば負荷に使うトランスやチョークコイルがどうしても必要になります。別に抵抗負荷でもいいけれど、それだと半導体回路と大差ないので。

個人的にはアンプよりラジオを考えたいけれど、3極管で再生検波回路って結構難しかったような。これがヒットして5極管バージョンが出てくれることを期待したいです。
 


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